今回は秋葉原で美容室を経営されている「 PARTIR(パルティール)」の末永忠史さんに独占インタビュー。
なんと現在70歳で、美容師になってから50年。
まさに美容界のレジェンドと言っても過言ではありません。
そんな末永さんに「美容師とおしゃれ」について大いに語っていただきました。
◆ヴィダル・サスーンのカットに魅了されて一匹狼の美容師へ
― 美容師になられてどれくらいになりますか?
二十歳で美容師として働き始めてからもう50年になります。
今年の6月で70歳になりましたが、体はいたって健康です。
― 70歳に見えないですね。では美容師になられたきっかけは?
本当はジュエリー関係の仕事をやりたかったのですが、現在のように専門学校がありませんでした。
そうしているうちに、近くで美容室をされているところがありまして、そこのおじさんとおばさんが私の母と知り合いという縁から、私も子どものころからその美容室でカットをしてもらっていました。
ある時、そこの娘さんから「美容の道に進めば」とアドバイスを受けて、美容に興味を持つようになりましたね。
何かを作るというのは好きでしたし、美容で言えばハサミで髪の毛をカットできるという魅力がありましたので、そこにツボにはまりました。だから、どんな職人でも良いとは思っていました。
仮に、江戸切子の世界を知ることになればその方向に進んでいたでしょうし、高校に行かなくても良いとなれば、中学校を卒業後から美容師の世界に飛び込んでいたと思います。
結局、私は高校を卒業し「山野高等美容学校(現 山野美容専門学校)に進む決意をしました。
― きっかけは会話の中から生まれたのですね。
そうですね。
何気ない会話からでしたが、その後に母親へ報告した時「やるからには首をくくりなさい」と言われて、ドキッとしてしまいました。
― 美容師になりたての頃から秋葉原ですか?
学校からインターンで「ここに行きなさい」といわれた場所が秋葉原でした。それが縁で現在も秋葉原で美容師をやっています。
― どのようにステップアップしていこうとされたのですか?
初めて勤務した美容室ではスタッフが14人と多い印象でした。
ただ、私は一匹狼みたいなところがありまして、どんなことでも自分でやってしまうタイプでしたので、みんなで一緒にというのはあまり好きではなかったです。
技術を極めることも一人でやっていました。
例えば、専門学校の卒業生が勤務している美容室に通うこともあって「この美容師はいいな」と思えば、ボランティアや夜遅くにアルバイトで働くなどして、技術を教えてもらっていました。
専門学校の先生からも卒業するときに「美容業界では技術を盗んでも罪にならないから」と言われるほどでした。
― 一匹狼とは変人扱いされました?
私はちょっと変な奴でないと、技術は上がらないと思っています。
とにかく何か変わったものを作らないと面白くないでしょう。独創的な考え方が必要です。
― 美容師に本気で目覚めたのは?
ヴィダル・サスーンが来日してから、サスーンのカットにはまりました。
それまでカットについてあまり勉強しなかったのに、とにかく「はやく覚えたい」という一心で夜中までカットしていて、母親から「お前体壊すなよ」と初めて言われるぐらい、何かに取りつかれているような感じでした。
サスーンのカットができれば美容師として成功できると確信していましたし、その技術に触れているだけでも楽しかったですよ。
私はどちらかというと「下町の職人」です。他人が何を言おうと、私はこれがやりたいという気持ちが強くありました。
◆まるでペテン師のように
「技術7割、会話3割」でお客さんをおしゃれへ導く
サスーンカットの虜になり、末永さんは美容師のキャリアを重ねていきます。
では、末永さんにとっておしゃれとはどういう存在なのでしょうか?
― 末永さんはおしゃれをどのように捉えていますか?
私自身のおしゃれについては、スタッフから「もっと美容師らしい服装をしなさい」と言われてしまうほど、無頓着なところがあります。
今日着ている洋服も、友達からの譲りものや妻が買ってきてくれたものです。
でも、美容師としては「この人を綺麗にしたい」という気持ちは必要ですね。
― お客さんが希望する髪型にするためには、どのように声を掛ければよいでしょうか?
お客さんから要望を聞く前に、顔の輪郭を見ています。
ショートカットが似合うのか、耳の位置がどこにあるのかを確認し、それを踏まえてお客様からどのように仕上げたいのかをヒアリングします。
ドライヤーで簡単にできるようにしたいのか、少し巻いてくれるのか、アイロンは使ってくれるのか、色々お客さんに問いかけながら作業をします。要はスタイルをお客さんで再現できるのかですね。
最後は私が心の中でデザインしたスタイルに仕上がっています。だって美容師ですから。2度目、3度目と来店が続くと、お客さんから「あんたこれやって」と言われれば「それ出来るわけないだろう」と言ってしまいます。もちろん初見では話しませんが。
― お客さんが器用かどうかはどこを見て判断されていますか?
お客さんから発せられる言葉ですね。これを見極めないといけないのがプロです。
「こういうのが良いですよ」とお客さんに勧めておいて、実際に美容師ができるのは本当に2割ぐらいしかないです。
自らする事と他人にしてあげるのとは全然違います。手が届かなければできませんので。
― お客さんが理想とする髪型と実際に似合う髪型は違うということでしょうか?
理想と実際に似合う髪型は違います。こういう風にイメージする髪型があるのであれば、その通りにカットしますし、そこでお客さんは気づくと思います。
お任せと言われてもよいですが、好みがわからないので、必ず希望を聞いてから作業を始めます。
― 美容師として求められるのは、技術でしょうか?会話でしょうか?
私の考えでは「技術7割、会話3割」ですね。五分五分という人もいますが、きちんとした技術を提供することが大事になります。
3割の会話でお客さんに「似合うよ」と持っていくことができれば、100%のスタイルへ持っていくことができます。
お客さんにやってもらわないといけないから。私は会話しながらもプロなので、ドライヤーでスタイルを作っていきます。
しかし、お客さんのスタイルを作れるのかは、キャッチボールを交わさないとわかりません。
お互いに理解が出来て、スタイルが出来上がれば100%なのです。
若い頃は、カットするにしてもいっぱい切られると言われることもありましたし、こういう風に切ってと言われて、それをやらないとなればお客さんは遠ざかっていきますが、他の美容師のところに行っても同じ結果になるでしょう。
― お客さんが望んでいること以上に技術で落とし込んでいくということですか?
そうでないといけないでしょう。落とし込みができなければ、向上心も無くなります。私たちは職人です。
これはできないと思われても、お望みの80%かもしれませんがやりますよ。出来ないと思われたら悔しいから。
― 本当はストレートにしたいが、一部でもくせ毛を残したほうが良いとかありますか?
私の店にいらっしゃるお客さんはみなさんそうですね。
くせ毛をバーンと伸ばしてしまえば、針金みたいで嫌だと言われてしまいます。
昔に比べれば半分の強さで伸ばしているので、くせ毛は出ています。
どのくらいまで伸ばすのか、どこまで残すのか、髪の毛が傷んでしまうとか、判断の難しさはありますね。
― お客さんのおしゃれに関して気を配っている点はありますか?
スタイルもそうですが、メイクと服装には気を配っています。
白髪とかブロンズヘアーが最近流行っていますので、白髪にするとなれば茶色や緑色、黒は似合わない。
ハワイやアメリカのブロンズヘアーで茶色とか黒の服は着ていないですから。
それにするならば服装を変えていくことも必要です。ただ、服装を変えられないのであれば、赤とか薄いピンクのリップクリームを勧めることもあります。
すると、次の来店時にお客さんから「どう?」と聞かれるのです。私はお客さんに「大丈夫だよ」と伝えます。
リップクリームに慣れたのであれば、段階を経て「夏だから柄物の服を着てもいいのでは」とアドバイスをします。
どんどんそういう感じで持ち掛けていくと、お客さんも分かるわけで、トータルの雰囲気を見ていくことが大事になります。
洋服屋さんも暖色系を柔らかく勧めてくれるようになりますので、だんだん変わっていきます。
― お客さんの意識を向けるために誇張表現をすることもありますか?
いろいろアドバイスをしても、最初はみんなやってくれません。
薄いといっても、そんな薄いリップクリームはありませんし、年齢層も高いので結構濃いピンクになってしまいます。
でも、リップクリームはグロスが入って光るし、くちびるの乾燥をさせないようにすると伝えると結構やってくれます。
はじめはそういうところから目を付けて持っていくようにしています。何度言ってもやってくれない場合は、違うところから攻めていきます。だから、その時は美容師ではなくペテン師にならないといけない。
似合っていなくても「似合っているよ」「こうすれば良いよ」と、もうペテン師ですね。そうしないと、お客さんのやりたい髪型を実現させることはできません。
ちょっとずつ進めながらも、お世辞や嘘は言わずにさりげなくアドバイスをしています。芸をするようなもので、歌舞伎役者みたいなこともしていますね。
― では美容師を選ぶ上で、どういうところを見ておけばよいのでしょうか?
これはすごく難しいです。
例えば髪型を形で表したとして、大きく三角・四角・ひし形とするなら、ひし形を上手くアレンジできる美容師を選んだほうが良いでしょう。
美容室は星の数ほどあると言われていますが、美容師が専門用語を連発して知識で押し通すと、お客さんは面倒になって「それでお願いします」の一言で返すことになります。
専門用語で話をする人は、それを美容師自身でできるのかと伝えたいです。
◆やることはやるけど年齢に応じた無理はしない
末永さんには、美容師の立場から「おしゃれ」について語っていただきました。
美容師になってから50年間で積み上げてきたものは相当なものだとわかりますね。
では、美容師生活50年を支えてきた「健康」について、秘訣を伺ってみましょう。
― 末永さんはこれまで大きな病気の経験がありますか?
おたふくかぜぐらいですね。もう体は元気ですよ。
体にメスを入れたのは、今から5・6年ぐらい前で、良性のコブみたいなものを取るために1ヶ月ぐらい入院しました。
本来ならば、こういう時に休めば良いと思うのですが、看護師さんを見ていると、職業柄こういう髪型にすれば良くなるのではとついつい思ってしまいます。
― 健康を保つ秘訣はありますか?
健康に対して特別に意識はしていませんが、他人に迷惑をかけない程度にやりたいことをある程度やるようにしています。
より健康になったのは、自分でお店を経営するようになってからで、食べることに関しては最近になって肉を食べるようにしています。
年齢を重ねるにつれて、脳に脂が行かなくなってしまい、かかりつけの医者からも「肉を食べて太らないようにしなさい」と言われています。
お酒は昔から酔いつぶれるほど飲んではいません。
― 食べ物以外ではいかがでしょうか?
ここ数年で腰が痛くなってきて、自宅で体操をしています。
体は動かさないと駄目で、階段を使うときは、踏み外した場合に周りの人へ迷惑をかけるかもしれないので、手すりのそばまで進んで昇り降りしています。
手すりをチョンと触ってリズムを取りながら、これは私なりの見栄ですね。
― 体には気を使っていますね?
こればっかりは私だけの問題で無くなりました。仮に誰かとぶつかった場合、私は助かったとしても相手にけがをさせないかが心配で、医者からもまっすぐのところは「早歩きをしてください」と言われています。
おかげで私の周りからも「年齢の割に歩くのが早い」と指摘を受けることもあるぐらい、大股で早歩きすることを日々心がけています。
仕事中でも、ドライヤーで筋肉を乾かすと柔らかくなり、腰に当てると痛みがほぐれますので、肩甲骨剥がしも自分でやっています。
でも、私は長生きするつもりはなくて、美容師という仕事を長くしたいです。
欲を言えば現場(美容室)で倒れて最期を迎えたいですし、できる事ならば足がつってから、はさみが体へ入り込んだ時に生涯を閉じても良いと考えています。
― 最近「美容寿命」という言葉も聞かれるようになりましたが?
美容師を始めた段階でお客さんの年齢が25歳だとすれば、そこから50年経過していますので、50を足すと75歳になります。
私よりも年齢は上となり、80歳とか93歳のお客さんもいます。
そういうお客さんが客層の中心なので、この客層が半分になれば私も引退かなと思います。
今のところ、何歳で美容師を辞めるかは決めていませんけど、仮に自分の子どもが仕事をしていれば、80歳過ぎても美容師をしているでしょう。
ただ、素人であるお客さんがそこまでやらせてくれるとは思いません。こちらの美容室は客層の平均年齢が70歳を超えています。
常連さんといっても、安心できるからこの美容院を選ぶわけで会話や冗談もできる間柄ですから。
もし売上が下がって赤字スレスレになれば、美容院をやめても良いと思っています。
― 年齢を重ねるほど、健康に対する意識は変わりますか?
正直、あまり変わりません。ただ、年齢に応じた無理をしないことで、やることはやるけど無理はしないということを頭に入れてやっています。
70歳になってから、60歳と同じようにやってと言われてもできませんから。若い頃から体を鍛えていれば別ですが、年齢を重ねてから急に始めても疲れるだけです。
だから、日常の通勤で出来る健康を疲れない程度で最低限すればよいと思っています。あと足りないのはサプリメントですが、私は飲んでいませんので。
【取材後記】
末永さんは50年に渡る美容師のキャリアを積み、現在も第一線で活躍されています。
「この人をきれいにする」をモットーに、カットの技術に磨きをかけてきました。
下町の職人と言いながら、ペテン師のようにさりげなくアドバイスをし、お客さんをきれいにしていきます。
そして、興味があることを躊躇なくやってきたことで、現在も体は元気です。
年齢に応じた活動をしていただき、これからも無理のない範囲で美容師を続けていただければ幸いです。
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