今回は京王調布駅(東京都調布市)近くで美容室「bianca(ビアンカ)」を18年間経営する一條直幸さんへインタビュー。
現在63歳。20歳で美容師となり、キャリア43年を迎えています。
そんな経験豊富なベテラン美容師に「美容師へ希望の髪型を上手く説明するコツとは?」を質問しました。
どんな答えが返ってくるのかと期待してみましたが、一條さんの表情は今ひとつ冴えません。
しばらく間があってから一條さんがこう切り出します。
「そんなことは美容師のスキルだから」
確かに、美容師のスキルによるところはあると理解していました。
スキルと聞いて「美容師のカット技術」を連想しました。
一條さんは「もちろんカット技術もそうですが、本来持っていないといけないものがもっとあります」と話します。
そこには、一條さんがこれまで美容師として歩いてきたルーツに隠されていました。
まずは美容師になったきっかけから聞いてみましょう。
全日本チャンピオンになる過程で学んだ「造形心理学」
― 美容師になられた経緯は。
20歳で美容師になりましたが、高校卒業してからの2年間はサラリーマンをしていました。
ある人から「一條君は女の人好き?」と聞かれて「好きです」と返事した後に「美容師がいいよ」と勧められました。
私は手に職をつけることを良いと考えて、美容師を目指すことにしました。
ヘアースタイルとかファッションには興味がありましたが、ハサミを持ってカットするということは一切考えたことがありませんでした。
― 美容技術はどのように身につけていったのでしょうか。
私には現在86歳の萩原宗さんという師匠がいまして、仕事が休みの日に萩原さんがされているスクール約2年間通い、基本的な技術をしっかり学ぶことができました。
東京で4年間働いた後、私は24歳の時に兵庫県神戸市三宮へ転居します。
そして向かった先の美容師が元々床屋さんで働いていたということもあり、床屋さんも勉強してみたいと考えました。
美容師が作るメンズのスタイルと床屋さんの仕事を知った上で作るメンズのスタイルにギャップを感じ、後の私のスキルアップにつながったと振り返れば思います。
― そのスキルアップは美容師としてどう生かされたのでしょうか。
私は27歳で美容の全日本チャンピオンになりました。カットのデザインを競い、その技術を評価して頂きました。
ただ、タイトルを獲得しても、倒産をしてしまえば意味が無いので、神戸の美容室で5店舗のマネージャーとして、ハサミを持ちながら経営の勉強を2年ぐらいしていました。
― チャンピオンになる過程で技術以外に力を入れたところはありますか。
作品のバランスに力を入れていました。当時一番学んでいたことは「造形心理学」です。
単純に言えば、四角形のスポンジと丸い鉄球があります。
当たった時にどちらが痛そうですか。
マッシュルームカットをしている男性とリーゼントスタイルをしている男性が喧嘩をした場合どちらが強そうでしょうか。
リーゼントスタイルの方がなぜ強そうに見えますかといった内容です。
ただ、ほとんどの美容師がこういうスキルを持っているはずだと思っています。
「若く見られたい」「綺麗に見せたい」これすべて「造形心理学」です。
左右のシンメトリー、左右違う長さにしたほうが良いとかアドバイスをすること、これが美容師の持つべきスキルです。
チャンピオンを目指していた時に「他人がどう見るのか」「このスタイルどうなのか」ということを勉強してきましたから。
― 美容師は「造形心理学」を勉強しているはずだとなぜ思われているのでしょうか。
お客様とのカウンセリングで「造形心理学」を必然的に身につけているものだと考えています。
私は学問として学びましたが、基本的には実戦で培っていくものです。
老けて見せたいという人はいないと思いますので「いかに若く見せるためにはどうするべきか」そのような質問は美容師がすることです。
これは感覚的に嫌いなのかなというのもある程度わかってきます。
― お客様はこう考えているが、美容師としてこのほうが良いのではないかと考えることもありますか。
この質問は技術のことです。
「お客様がどうなりたいのか、どう見せたいのか」となれば違う問題になりますが、ストレートやウェーブかという形のことではなくて、それをしたことでお客様はほかの人にどう見せたいのかが大事になります。
お客様の頭の形を理解した後はそれをお客様がどう見せたいのかを引き出すのが大事で、私のカウンセリングで一番重要としている部分です。
そして、いかにお客様の目指す「人にどう見せられるのか」という要望に近づけられるのかです。
だからお客様からすれば100%の要望を出したとしても、お客様の満足度は100%にならないでしょう。
― では100%にならないという前提で、お客様とどのようなコミュニケーションを図っていますか。
これは新規のお客様を前提にしますが、来店されるまでお客様は数々の失敗をされています。
どういう失敗をしてきたかを聞き出すことが重要です。
美容師の技術不足なのか、お客様の伝え方が良くなかったのか、お互いにわかりませんから。
一番わかりやすいのは、お客様が好きだった数年前までしていたヘアースタイルの写真を持ってきてくれるのが良いでしょう。
― お客様に失敗談を並べてもらったほうが美容師としてわかりやすいでしょうか。
失敗したことをお客様自身で認識することは重要な事です。
ただ現実は、髪質などお客様に非を持ち込む美容師が多いと実感します。
理由があるのであれば、最初の段階で言えば良いのです。
カウンセリングに時間をかけて、良い例・悪い例を示して、なぜ当店にいらしたのかを探ることです。
― 最後に言い訳をする美容師が多いというのはなぜだと思いますか。
保身ですね。美容師がお客様の要望を満たせなかったというミスを認めたくないのでしょう。
要するにカウンセリング不足で技術不足の可能性もあります。同じ美容師としてそのように思います。
沈黙のカウンセリング
― カウンセリングに対してはどのような方向性で臨んでいますか。
私の場合は2・3分の「沈黙」をお客様から頂ければと考えています。
どういうことかと言いますと、お客様は髪が乾いた状態で来店されます。
そこで頭皮の状況、頭の形、髪質、毛流れ、髪の色、メイクの状態、洋服の好みや職業などを観察します。
そのためには少しの「沈黙」が必要なのです。
― それはカウンセリングの最初でしょうか。
はい、その通りです。自己紹介してから「ちょっと失礼します」と髪を濡らす前に実施します。
私の知っている美容師の中には、お客様を店内にお通してからすぐに髪を濡らしてしまう人もいます。
お客様は髪を濡らしたまま外を歩かないでしょう。私は地肌や髪をお客様に断った上で触ります。
これが一番大事で、その後にご希望を伺います。
最初のカウンセリングをきっちりやっておけば、あとはどんな会話をしてもかまわないですが、お客様は会話を求めているのではなくて、髪を整えてもらうために来ています。
お客様のデータを収集するためには「ここ跳ねませんか」「ここから流れませんか」など、髪を触りながら言い当ててあげれば、お客様も「この美容師、私が何も言わなくてもわかってくれたのかな」と感じるはずです。
ここで掴むことができれば、次はお客様へ「どういう風に見せたいですか」と問いかけていきます。
― ここまで美容師が掴むと、お客様はそこまで説明しなくても良いのではとなるわけですね。
お客様にしてみれば「私のことを理解してくれているのかな」と思うはずです。
言葉にしなくても頭の状態がすぐに見えるわけですし、その中でお客様が「何を希望されているのか」を考えて差し上げるのが私の仕事であり技術になります。
― カウンセリングで「沈黙」の時間を設けることにびっくりしました。
その時は会話をしている場合ではないです。
髪の毛も1枚ずつめくりますし、形も見ないといけませんから。
もう話しかけないでほしいと思うくらいです。
― このやり方は美容師になってからずっとそうですか。
造形心理学の勉強をして以来です。「沈黙」をすることは、造形心理学の中で定義はされていません。
会話をしながらカウンセリングをする人もいますが、私はその才能がないので「沈黙」になってしまいます。
以前に私の大先輩から「沈黙することはよいのでは。知ろうとするその誠意が伝わるのが沈黙だ」と教わりました。
― お客様から希望の髪型を上手に伝えさせることがおかしいということですか。
本当に申し訳ないですが、美容師のスキル不足です。
もうわかっている前提にしないといけません。
お客様に上手く伝えさせる労力を求めてはいけません。
私の場合、カウンセリングの時点でできないことはできないとしっかり伝えます。
― 一條さんは「おしゃれ」について、どのように捉えていますか。
おしゃれは個人それぞれ違いますし、おしゃれと流行は違うと考えています。
お客様それぞれに合うものこそがおしゃれで、美容師がおしゃれを考えることではないと思います。
あくまでもお客様がおしゃれなものを決めていきます。
テニスをするとき、本を読むときでヘアースタイルは変わりますので、美容師は一歩下がって演出をするだけです。
流行だからといって、その髪型がお客様に似合うのかとは別問題です。
美容師がお客様のファンになる
― お客様の立場から考えた場合、美容室に入る前から美容師を見極めるためにはどこに着眼点を持つべきでしょうか?
これは難しいですね。選び方としては、お客様の好みで選べばよいと思います。
この店の外観がかわいいなとか、美容師の清潔感はどうだろうとか、お客様のセンスに近い美容師で良いでしょう。
私の場合、清潔感を一番大事にしています。
女性のお客様が大半になると思いますので、お客様の彼氏やご主人さんよりも清潔感がないとだめなのです。
異性ですから。私もお客様のファンになるようにしています。
― 美容師がお客様のファンになることは重要ですか。
はい、これも以前に先輩から言われていました。
「美容師がお客様のファンにならないとお客様もファンになってくれないよ」
調布で18年間お店を構えてきて、現在30人ぐらいのお客様がいます。
まるでお客様の家族みたいに「一條さんがいないと困る」と甘い言葉を聞きながら、いや私がファンだなと。
昨年ですが「福祉美容師」という資格を取得し、車いすに座っているカットや着付けの仕方などを勉強しました。
お客様の中には、ひざの手術で行けないという方もいらっしゃいますので、お店に行けないとなれば「ではお家へ伺います」と話をします。
私もそのお客様のファンですし、現在は好きなお客様しかいませんから。
神戸でマネージャーをしているころは、他の店に行っても気にいらない方や気難しい方が私の担当でした。
その経験から、どんなお客様でも対応できる力を身に着けたのでしょう。
美容師に求められる「人間力」
― なぜお客様に全力で説明をさせてしまっていると思われますか。
私自身を肯定するようですが、美容師の「人間力」だと思います。
お客様も美容師とともに年齢を重ねていきますから。お客様を増やそうと考える場合、お客様の子どもや孫を紹介されないと増やすことが難しいでしょう。
その美容師がどういう人生を送ってきたのかで、価値観のすり合わせがうまくできない、持っている引き出しが少なすぎると考えられます。
決して技術力の問題ではないでしょう。
― 年齢が若い美容師は経験が足りないということにもなりますか。
時には経験が邪魔をすることもあります。たとえ未熟であっても、一生懸命さだけは見失わないようにすれば、お客様も理解をしてくれます。
「沈黙」をするというのも、一生懸命さが伝わっていると思っています。
あるお医者さんからは「言葉の裏にあるものを考えろ」と教わりました。お客様と信頼関係を持つことが大事になります。
この美容師が上手か下手かを決めるのはお客様です。お客様自身にあっている美容師、お客様の希望通りにしてくれる美容師、新しい自分を発見してくれる美容師、これが上手な人の一例です。上手を勘違いしている美容師がたくさんいるのは確かです。
― 仮に新規で10人お客様がいらした場合、何人リピーターとして来店していただければ一人前の美容師となりますか。
私は10人中10人がリピーターになるということを理想としていますが、18年前にお店がオープンしたころは6割で1人前と言われていました。
しかし、現在はお店が増えてきたなどの背景もあり、3割で1人前とされています。
― 置かれている環境の違いは感じますか。
デジタルでカバーしきれないニーズは大いにあります。営業時間外でも事前に電話一本いただければ、対応することもあります。
― 一人前の格が下がっていますか?
「美容師に希望の髪型をうまく説明するコツ」という質問がニーズとしてあることは申し訳ないですし、長年この業界にいるものとしては人間力を上げていく必要があると実感しています。
【取材後記】
一條さんは取材中ずっと「美容師のスキルが足りない」「申し訳ない」を繰り返していました。
造形心理学をベースとしたカウンセリングをしている間は自らお客様に「沈黙」を求めて、徹底的にリサーチをかけていきます。
要所で状況を言い当てながら信頼を少しずつ獲得できれば、お客様からの説明は特に必要が無く、あとは「どのように見せたいですか?」と問いかけます。
ここまでの工程がしっかりできていれば「美容師に希望の髪型をうまく説明するコツ」なんて必要はないと断言しました。
美容師へは「一生懸命さと人間力を高める勉強が必要」とメッセージを残します。
一方で、こんなことも話をされていました。
「3回我慢してください」
一條さんは「お客様の施術はカウンセリングからカット、シャンプー全部込みを1時間でやりきらないと商売にはならない」と話します。
そこから考えて「初見から1時間でお客様の要望を把握するのは難しい」と胸の内を語りました。
カウンセリングで様々な情報を引き出すためにも、3回はチャンスが欲しいと。
3回あれば、2回目に「前回の髪型、その後どうでしたか」というヒアリングが可能となり、お客様のデータの蓄積にもなります。
今回の取材を通して、改めて美容師の内情が世間に知られていないと実感しました。
現代の社会情勢からすぐに結果を求める傾向がありますが、美容師にもそれは求められているようです。
初対面の人を1時間で把握するのは至難の業です。
もちろん、美容師も対応しきれていない部分もありますが、美容師にはぜひ3回チャンスを与えてみてはいかがでしょうか。
【店舗情報】
bianca (ビアンカ)
東京都調布市布田1-47-4 調布ツインズ1F
京王線調布駅徒歩2分
042-480-3121
◆営業時間
(月・水~日・祝)9:00~19:00(最終カット受付18:00)
◆定休日
毎週火曜、第1・第3月曜
◆お店さんから読者の方への一言メッセージ
3回我慢してください。